基本映画マニアのくっだらない独りよがりの独り言を恥ずかしながら見せちゃう日記。

2009年07月04日

昔取ったなんとやら。

昨年の夏から始めた、ソフトバレーボール。
ちょうど1年を記念して、
記憶に留める代わりに記録に留めようと書くことに決めた。
まあ、気まぐれなんで、途中で消去したらすみません。

記念すべき最初は、
自分のバレーボール履歴を。
かれこれ、約9年はバレーをしていたのだ。

始めたのは小学校高学年。
その時の親友が「毎週日曜日に練習をしているらしいから、一緒に入らない?」と誘われたのがきっかけだった。
そして、我が家は、何故かバレーボールと縁があったのだ。
それは、母がママさんバレーに所属していた事があったようで、年の離れた姉は当時、部活でバレーボール部に所属していた。
だから、誘われた時に、違和感を覚えなかった。
いつの日か自分もするもんだと思い込んでいたからだ。

習い事を一切していなかった自分は、親に話すとすんなり承諾してくれて、友人とそのクラブに入った。
クラブと言っても、
地元のママさんバレーのお母さん達が、自分達の子供に教えている延長のような感じのクラブだったのだ。
親友は年が一つ上の近所のお友達に誘われたようで、同級生が欲しくって自分を誘ったようだった。

パスやレシーブを教えてもらい、チーム編成も出来ていざ試合でも〜と思っていた6年生の時に、何故か自然消滅してしまったクラブ。
大人になって聞いたら、
お母さん達のバレーの方が忙しくなったからという理由と、一つ上の子達が抜けてしまった為に、必要人数がそろわなかったという事もあったようなのだった。

なので、
その1年は小学校のバレーボールクラブに所属していた。

そして、中学生。
必然的にバレー部へ。

未だに思い出す出来事がある。
地元ではミニバスが盛んで、バスケをしていた子は多かったのだが、バレーをしていたという子はほとんどおらず、中学ではゼロからのスタートがおもな感じだったのだ。
なので、
自分に教えようとした3年の先輩は、先輩が投げるボールに見事に返す自分をみて
「凄い、凄い」
と誉めてくれたのだ。

他の先輩に呼びかけて、嬉しそうに自分にボールを投げてくれた先輩。
殆ど見世物のようになってしまったが、
なんだかこっちまで、嬉しくなった覚えがある。
(だけど、先輩の名前は忘れてしまったが。)

中学に入り、本格的にスパイクを習った。
壁に向かって素振りではないが、スパイクのタイミングを何度も練習した。家に帰ってからも練習した。
そのお陰か、未だに、スパイクを打つとかっこいいと誉められる。

たまたま、高校の時に顧問の先生が撮影してくれて、1度だけ自分のスパイク姿を見たが、小学生の強豪チームのエースのような姿で個人的には気にくわないのだけど。
(自分のイメージでは、オリンピックのエースアタッカーのイメージで打っているから)

ということで、
高校に行ってもバレー部に所属。
高校は実力主義。
なので、3年生が抜けるとなぜかレギュラーにされた。
凄い事だったのだけど、個人的にはその実感がなく、
ある練習試合中に、
顧問(女)の先生に「お前はどこのポジションにいると思っているんだ!」と怒られ、
「よく球が飛んでくる所です」と答え、
「それをエースって言うんだよ」
と、自覚させられた覚えがあるのだ。(爆)

実は、自覚したくなかったというのが、本音。
だって、先輩を差し置いてというのが、嫌で、嫌で。
ついでに、怒られるのが嫌だったからだ。
(のちに、エースのポジションは先輩になったが・・・。)

だいたい、自分はあがり症で、ドキドキして、練習の時には、過呼吸になった覚えがあるくらい、プレッシャーに弱い人間だったのだ。

それでもなんだこんなで、普通の人よりはバレーをやっている経験が多い、ich。だから、
運動不足歴10年でもバレー歴約9年がそれをフォローしてくれて、1年間つづけられたのだと思う。


次回は、
何故に始める事になったのかを書くとしよう。(爆) 
posted by takbout=たあぼう at 15:45| 山梨 雨| Comment(0) | ソフトバレーの事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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