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2011年03月21日

15日に起こった震度5弱の地震

掲載日H23.3.16 mixiにて 転記→H23.3.21

15日に起こった震度5弱の地震

15日の9時頃は、久々にネットで情報を集めていました。
なんとなく、地震の緊張もほぐれてきて、節電しながらも、ちょっとだけ、日常生活に戻そうと思っていた矢先でした。

実は、自分は朝から調子が悪く、目眩の前触れなのか、目を閉じると、自分が揺れている感覚に陥っていました。
疲労とストレスだろうと、(この時期は忙しすぎて、そういう現象が時々起こる)風呂から出た自分は、早めに寝ると宣言すると、ビデオを見たいマニア君とプチ喧嘩に。

2階には、寝室にしかDVDプレイヤーとTVがないんです。
寝室は親子3人で寝ているので、1人が寝てると、見れない状態になるのです。

それでも、マニア君が折れ、自分は布団に入った、数分後。

ドスンという縦揺れで始まり、だんだんと横揺れが激しくなりました。

自分は、最初の縦揺れで、地震だ!と跳ね起き、マニア君の部屋へ(隣)
「マニア君地震!!」と叫び、
二人して、部屋の出口付近で抱き合って揺れが収まるのを待ちました。

だんだん激しくなる横揺れ。立ち上がる事は出来ません。
バタンという、PCのモニター(薄型画面だったので)が倒れる音。
やっと揺れが収まった時には、マニア君の机のまわりは教科書が散乱してました。
自分のデスクトップは倒れてました。

その後も余震が続く中、パジャマから洋服に着替え、携帯と座布団を持って1階へ降りました。

人生の大先輩は余裕なのか、大丈夫だよと言った後、トイレへ。
大きなパートナーは、半分酔ったまま、(晩酌して寝ていたので)防災リュックのチェックを初めました。
↑こいつ何考えてんだ! とは、思いながらも、
みなさんから貰ったメールやTwitterの返事をしてたら、余震も収まり、眠くなったのでもう一度パジャマに着替えて寝ました。

しかし、あまり眠ってません。

翌日も、目眩予備軍状態で1日を過ごしました。 (今もなお、少しその兆候が残っています)

明るくなって2階の部屋を見渡すと、タンスは少しズレていました。
棚の中身は今にも、ドアを突き破って出て来そうな感じに。
押し入れの中はちょっとぐちゃぐちゃ。

凄い地震だったんだと、実感したのでした。

幸いにも、地震が起こっても電気が消えませんでした。
なので、重大なパニックにもならずにすみました。
あ〜電気って本当にありがたい。

だけど、日本列島が本当に揺れています。
さらに、だんだん揺れが南へと下がっている感じ。
あ〜早く、収まってほしいです、地震。

今晩は眠れるといいなあ。
いい加減、映画見たいよ〜。
日常の生活に戻りたい。
みんな、みんな、そう思って居ることですよね。

そうそう、今日買い出しにちょと出掛けたら。
パンもトイレットペーパーも買うのに制限されてました。
なんだか、殺伐とした感じで、とっても、嫌な気持ちになりました。

午前中の計画停電後の買い物だったからかもしれませんが、(その間、スーパーはお休みしていた)なんかすっごく切なかったです。

どうしたら、いつもの日常にもどれるのだろう?

この忙しい時期に、もう、災害は勘弁してほしいです。

posted by takbout=たあぼう at 09:36| 山梨 ☁| Comment(0) | 独りよがり日記の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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