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2015年06月29日

「ビーストリー」 

ビーストリー アレックス・フリン 訳 古川奈々子 角川文庫


内容 角川文庫より引用
野獣は今夜も彷徨う。本当の愛をみつけるために……。

ハンサムなカイルは学園一の人気者。
しかし、それを鼻にかけ女子生徒にひどい仕打ちをして魔女に野獣に変えられてしまう。
期限までに真実の愛に出会えるのか? 
最高に甘くロマンチックな現代版美女と野獣。

感想
ふと見かけたCSで、放送されていた「ビーストリー」。


偶然、見たのが、姿を変えられた主人公カイルで
beastly_poster_031.jpg
「すっごいメイクをされてるけども、もしかして演じてる、彼はすげ〜美男子だったりして?」
coverstory.jpg
(予想通り、いい男でした。演じているのは、アレックス・ペティファー)

と思い、ちょっと映画の事を調べたら、現代版の美女と野獣の映画化とわかり、すぐに飛びついた!
録画して、きちんと鑑賞し、終わって原作が読みたくなって、久々に購入して読んだのだ。

映画と同じく、カイルの視点で描かれている。
現代版よろしく、チャットから始まるが。(~_~;)
映画だと凄い入れ墨や傷跡で、彼を醜く変化させ、演出していたが、本の中では、もちろん、毛むくじゃらの野獣となっていた。かぎ爪も出てくるから、想像するには、ディズニーアニメの野獣な感じかな。


しかし、
著者のあとがきを読んだら、1946年フランス映画「美女と野獣」(白黒)の野獣が基本になっていたと分かった。

ちょうど読み終わる前に、鑑賞してあったので、納得。あんな感じを想像して描いていたんだなあ〜と。

現代に魔法?なんて思えるが、性格の汚い所を見えるようににしただけという魔女の言い分に納得だった。
それに、
実は、自分勝手な親に育てられた子供のひねくれた心を癒やすという内容にも、ちょっとドキっとしたのだ。

美男子のカイルは、父親からの愛情をもらえず、孤独な思いをしているが、それを自覚しないまま隠していたから、表面上の友人しかいない。
表面上とは、格好いい容姿と金。
その表面を取り除いたら孤独しかなかった。
リンディは母親を亡くしてからそれに浸る父親に振り回され、ひたすらこの過酷な現実から逃げだそうと本に没頭していた。
孤独な少女。
自身の性格で、素直に育ったか、ひねくれなかったかの違いかな。
以外とひねくれ野郎は、基本的には素直な人間なのかもしれない。(自分もそうだから)

後半は、やっぱじ〜んとした。
けなげというか、
彼女が好きだけど、望む答えが来なかったらどうしようと悩む姿が。

現代の若者は、みんなそうなのかもしれないと思った。
草食だのなんだのと言われるが、自分達もそうだったけども、彼らは少しの自信も持てないのかもしれない。欠点があってもいいじゃないか〜みたいな開き直りが出来ない。
すべてが完璧でないと自分はダメな人間なんだと思う面々が多いのかもしれない。
それは、親の愛情が足りないのか、逆に過剰な愛情で育ててしまっているからか?
ちょっと親として、悩んじゃったけども。

「どんなにダメな親でも、好きなんだよ。」というような事を書かれていた。

現実に、子供は親を選べない。どんな親でも無条件に愛情を注いでくれる。
その反面、親は、子供にそうしてるだろうか?いつも考えてしまう。
気まぐれに愛情を注いでないか?自分の理想に近づけてるだけで、子供本人の事を見ていないんじゃないか?
こういう物語を読むと、いつも思い知らされるのだ。

まあ、ともかく。

久々に、恋愛小説を読んだ。基本好きだから、やっぱいいんだよねえ。

なので、原点を読みたくなった。
そろそろ、図書館でも行って、見つけてこよっと。

posted by takbout=たあぼう at 08:59| 山梨 ☀| Comment(0) | 読書感想の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「はいからさんが通る」

「はいからさんが通る」 作者 大和和紀 講談社漫画文庫 全4巻




内容 
時は大正。女学生の紅緒は、突然いいなずけがいると言われ、驚く。
伊集院少尉との出会いは、最悪。しかし、彼の笑顔や優しさにふれ、恋が始まる。
一方、両親がいない忍は、育ててくれたおばあさまの願いとはいえ、戸惑いながらもその許嫁に会う。
天真爛漫で、じゃじゃ馬娘。だが、紅緒の芯の強さと秘めた優しさに気がついた忍もまた、彼女に恋をするのだった。

感想
学生の時に読んだ漫画本。これ以来、しばらく和紀先生の作品は読ませてもらった。
家に、当時の漫画本として、未だに残っているのは「ヨコハマ物語」何故か、嫁ぎ先まで持って来ちゃってるけども、読み返した事は未だにないんだなあ。(^◇^;)

今回、はまった海ドラ「ビューティー&ビースト/美女と野獣」のシーズン2を海外から取り寄せ、第1話を観賞した時に、あれ?この設定は何処かで〜?と考えたあげく思いだしたのが、このマンガだった。
そういえば、
記憶をなくして帰って来た少尉は、その後紅緒さんとどうなったんだっけ?
ハッピーエンドだったから、一緒になったんだよなあ〜あれ?どうだったかな?と結末が思い出せず、当時の漫画本を持って来た記憶があるようなないようなという感じで、探そうともしたが、面倒いし、新しいのが欲しかったのと、ストレスがたまってのうっぷん晴らしのポチっとなが重なって、密林で購入してしまったのだ。

今更読んで振り返ると、
自分の理想の女性像は、紅緒さんだったのではないかと思える。
男勝りの女の子。
だけど、好きな人を一途に思い、今の状況をちゃんと理解し、たくましく生きていく。
そして、そんな彼女に惚れまくるイケメン野郎達。(← ここ基本だったかも。(^◇^;))

大人になって読んでも、やっぱり面白い。
やっぱ、かっこいいと思える紅緒さんの生き方。

少尉も美男子だし、蘭丸の秘めた想いも好きだった。
だから、未だに、男性の秘めた想いが描かれるを発見すると惹かれちゃうのかもしれない。(^◇^;)

読んでた頃、突然「紅緒さ〜ん、お嫁に行かないで〜」とぼそっと友人の前で呟いて、驚かれた事があった。まあ、その頃から何かに成り代わって読んでたもあるんだろうけども。

基本、放送されたマンガから入ったんだと思うが、今更そこらへんの前後が思い出せない。どうでも良いことなんだけどもね。

で、
放送されたアニメの最終話とマンガの最終話が自分の中でごちゃまぜになっていたと判明した。
マンガは、きちんと最後まで描かれている。当たり前だけども。(^◇^;) 
アニメだと、少尉は記憶を取り戻したかも?で終わっている。

マンガでは、紅緒が女嫌いの編集長と結婚する時に、関東大震災が起き、その事がきっかけで、少尉と紅緒は、本当に自分が愛している人物というのを自覚するのだ。
それまでに、少尉は記憶を取り戻していて、戻してたのに、紅緒には黙っていたのだ。(けなげ〜)

マンガだと、紅緒に恋したイケメンのその後も書かれている。編集長にはちょいびっくりしたが。

もしかしたら、当時集めた漫画本も出てくるかもしれない。
でも、まあいいや。
久々に読んで、自分の理想像の女性を自覚出来ただけでも儲けものだったからね。 

posted by takbout=たあぼう at 07:10| 山梨 ☀| Comment(0) | 読書感想の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月26日

「字幕屋に「、」はない」

字幕はウラがおもしろい 字幕屋に「、」はない 作:太田直子 エルバカ出版株式会社


内容 (ロッピー:エルバカBOOKより引用
万国の字幕派よ、団結せよ!字幕屋稼業30年、オオタ氏の嘆き節、ボヤキ節炸裂。
字幕翻訳の苦労を知ると映画がもっと楽しくなる!
映画ファン、字幕派におくる痛快エッセイ。

感想
行きつけの図書館で発見して読んだ本。
以前、ここで紹介した本「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」を読んで、お友達が紹介していた「字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記」も読もうと思ったのですが、本屋で立ち読みを少ししたら、同じような内容でガックリして、読むのを断念。

そんな中、ふと、覗いた図書館の検索で、この本がヒット!早速、借りて読んでみた。

相変わらずの、ぐちっぷり。(^_^;) 

字幕屋の仕事をしているお友達の話を聞いているような感覚ですっごく面白かった。

近年の3D字幕の事もかかれていて、すっごく嬉しかったなあ。

それにしても、
その原本というのを見てみたい!
セリフを画面事に切り刻んだものを。
それをどうやって、翻訳してつけていくのかを。
極秘資料だろうけども、まじ見てみたい!!

個人的には、映画はなんたって、字幕派。


3Dになろうが、4Dになろうが、そこはきっと変わらないであろう、自分。
やっぱ好きな俳優の声で、ニュアンスで、タイミングで、セリフ回しで、見たいもんなあ。

そうそう、
近年の問題で、基本的学力の事が書かれていた。
個人的には、この太田さんの意見に大賛成!!
ゆとり世代の若者だって、教科書以外の本を読んでいるはず。(現に息子はゆとり世代まっただ中の人材ですが、新聞や他の本も読んでいます!)
なのに、字幕は万人向けだからと考慮するのは、おかしいよ。
字幕で触れて、逆に勉強意識を向上させるのだっていいではないか!と思うのだが。
大人の妙な配慮で、さらに日本語の学力の低下を滑車させてるように思えるもの。

自分のように語学力がないのに、洋画が好きな人間には、本当字幕屋さんがありがたい!


そうだ!
ドイツ語・イタリア語・スペイン語専門の字幕屋さんは、重宝されるかも?と書いてあったよ。
お友達にそっと教えてあげよっと。

雑誌掲載をまとめたものだと書いてあった。まだ、掲載は続いてると書いてあったから、また、本が出ると嬉しいなあ。

やっぱり、洋画は字幕が一番だ。(*^^)v 

posted by takbout=たあぼう at 09:49| 山梨 ☁| Comment(0) | 読書感想の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「一枚のめぐり逢い」

一枚のめぐり逢い ソフトバンク文庫
著者 ニコラス・スパークス 雨沢泰(訳)
原題「The Lucky One」=直訳:幸運なもの Nicholas Sparks


内容(ソフトバンク文庫の本紹介より引用
戦場で拾った写真の女性に会うために愛犬とともに、コロラドから長い道のりを歩いてきたローガン。
戦地では、過酷な戦闘に何度も派遣され、多くの仲間が命を落としたが、なぜか彼だけは生き残った。
死んだ友人はこう言っていた。
「写真はおまえに幸運をもたらすお守りだ。おまえはこの女性に借りがある」
ローガンは自分でもよくわからないまま、その言葉に導かれて写真の女性を捜す旅に出る。
長い旅路の果てに見つけたのは、別れた夫の支配に苦しみながらも、 ひとり息子とけなげに暮らすシングル・マザーだった──。

感想
ザック・エフロン君主演の映画「一枚のめぐり逢い」がむっちゃ気に入って、



どうしても読みたくなって今回は購入した1冊。

(最近、どうしても、手元に置いて起きたくて、「奇跡を信じて」も購入してしまった。(^_^;))

ローガンが、街に入った時から描かれていた。
そして、徐々に恋に落ちていく課程も・・。
あの憎っくき嫌な元夫は、最初から登場!原作では、彼女に会う前に彼に会っていた!
いや〜本の中だと益々嫌な奴になってたよ。(^_^;)
ローガンの気持ちが丁寧に描かれている。文章でも、格好いい男だったなあ。
映画では、出会う前から彼女に恋していた印象(本当はそうじゃなかったかもしれないが)
だったが、本では、ローガンが戸惑いながらも、何となく彼女を探し初め、出会い、彼女を好きになった事だと分かった。ベスのお店に入って来た時は、恩返しの気持ちの方が強かったんだな〜と。
そして、映画では、ず〜と彼女の事をベスと呼んでいたが、正式な名前でローガンが呼ぶのがめっちゃ素敵に思えた。
「エリザベス」
それも、写真を渡した兄と同じように。
(映画では弟だった気がしたが。記憶違いだったら、すみません。)
文章というか、物語の区切り(第何章というべき箇所)が、一人ずつ、登場人物事の気持ちで描かれていたのには、新鮮だった。

なんだか、どっぷり、ニコラス・スパークス作品につかりそうな感じだが、映画化されたもので、女性目線だとダメだったので、他の作品を読むかは考え中なのだ。(^_^;) 

とにかく、原作も良い感じだっったこの作品。

現在個人的に注目している俳優、ザック・エフロン君の姿を想像しながら、読むと、もう1本映画を見た感覚になって楽しかったなあ。

今度は、あの映画を見た後で、その原作を読んでみようかな? 
posted by takbout=たあぼう at 09:42| 山梨 ☁| Comment(0) | 読書感想の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

「きみに読む物語」

きみに読む物語 新潮社
著者 ニコラス・スパークス 雨沢泰(訳)
原題「The Notebook」=直訳:ノート Nicholas Sparks



内容(最初の「奇跡」より抜粋)
わたしは誰だろう。そして、この物語はどう終わるのだろうか。
さあ、はじめよう。ぼろぼろにすりきれた表紙をめくる。1ページ目がひらかれ、そこに拡大鏡をのせる。
この物語を読み出すとき、かならず心がさわぎだす。
今日は起るだろうか?

感想
行きつけの図書館にあったので、またもや借りてきて読んでしまった。(^◇^;)

ベストセラーの映画化との事で、殆ど内容的には映画と変化はなかった。
映画の方が、二人の出会いを丁寧に描いた感じで、原作の方は、再会の場面を丁寧に描いていた感じに受け取れた。

やっぱりけなげで、切ないノア。
その逆に、わがままにしか思えない、アリー。( ̄。 ̄;) 
婚約したのに、訪ねてくるって、どうもねえ・・・。だったら、婚約は待って!みたいな感じでくれば、婚約相手も傷つけずにすんだと思うんだけども。
その時の様子は映画でも原作でも描かれてないから、想像でしかないのだが。

本の中で解説していたが、
この病気は進行するだけで、戻らないという。
しかし、彼の彼女の間では、医学や科学などでは説明出来ない奇跡が起る。
忘れていた彼女の記憶が一瞬だけよみがえるのだ。
彼はその一瞬の為に読み続ける。
二人が約束した事だから。

自分が若いとき、大失恋をして、その時にふと何かで、
「男に振られた女性より、忘れられた女性の方が可愛そう」という事を聞いた覚えがある。
当時はピン!と来なかったが、ある意味違えども、なんとなく本を読んで分かった気がする。
愛する人に忘れられてしまう。
振られたり、嫌われるよりも、残酷だ。存在を認めてもらえないのだもの。
この世にいないのと同じ事。

ノアが、幸せな一時を過ごした後の仕打ちのようなアリーの態度を見ると、病気だから仕方ないにしても、本当、ノアが気の毒に思えてしまって、涙、涙なのだ。
うちひしがれて、すぐに立ち直れない様子が、老人だからという特別な事ではなく、辛く思えるのだ。

遠い親戚に同じ病気になった人がいた。
その人の息子さんは、母親が自分の事を忘れてしまって、そうとうショックの様子だったという。
病院に行きたくとも、お見舞いに行けば他人行儀の母親に、最後には、見て見ぬ振りになってしまったのだとか。
初めから他人なら分かるが、やっぱ身内は辛いのだろう。
人格も少し変わってしまうらしく、それも耐えられない様子だったとか。
でも、ある番組で、進行を遅らせる事は出来ると断言していた。
若年性の場合だったけども。

話が脱線してしまったが。(^◇^;) 

実は、性懲りもなく、今度は1冊購入してしまったのだ。(^◇^;)
今から読み始めるが、最後まで読めたら、また感想を書くので、気長にお待ち下さいませ。
posted by takbout=たあぼう at 08:07| 山梨 ☁| Comment(0) | 読書感想の事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする